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トヨタ・リコール問題の背後に国力の駆け引き (2)

 トヨタが上述したリコール事件でどれほどの損失を被ったかは不明だ。金銭的な損失は容易に補えるが、消費者の信頼は見積もることも、補うこともできない。事件後、米国の「陰謀論」が海外メディアによって取り沙汰されたが、当事者のトヨタ側は静観しており、責任問題を追及していない。

 トヨタが米国でつまずいたのは、これが初めてのことではない。トヨタの成功は1960−70年代に始まり、日本経済の高度発展と足並みをそろえた。日本の自動車市場は規模が限られており、トヨタは広大な米国市場に足を踏み入れることを決定した。トヨタの1980年の世界生産台数は1100万台を上回り、米国を抜き世界一の自動車王国となった。米国の「ビッグ3」は、太平洋の彼方からの脅威に気づいた。

 米国自動車業界の猛反発を受け、当時のジョン・コナリー財務相は、「トヨタ車を港で錆びつかせよう」と発言した。米国は同年、「自動車決議」を可決し、日本車の輸入を制限すると同時に、日本製の軽トラックの関税を引き上げた。米国はその後さらに「プラザ合意」を可決し、円高ドル安を引き起こした。トヨタはこれを受け、米国で現地生産を開始した。現地生産化によりトヨタは米国でスムーズな経営を維持し、最終的にゼネラル・モーターズを抜き、世界一の自動車メーカーとなった。

 リーン生産方式(トヨタ生産方式)、現地現物の管理システムと理念の面からも、トヨタは世界で最も偉大な自動車メーカーと言える。現在、世界500強企業の多くがトヨタの管理方法を学び、独自の管理システムを構築している。トヨタの管理方法は参考にされ、模倣され続けているが、これにより真の成功を手にした企業は多くない。

 バフェット氏は「真の意味で偉大な企業は、永遠に枯れることのない『経済的な堀(世界的な競争力やブランド力のこと)』を持っている」と述べたが、まさにその通りだ。国力が弱い、もしくは国力が衰退期に入った場合、その国の企業は往々にして苦しい経営を強いられる。自動車業界でも、似たような例が多く見られる。英国は18世紀に工業革命により「日の沈まぬ帝国」となり、その後の200年余りに渡り、ベントレー、ロールスロイス、アストンマーチン、ジャガー、ランドローバー、MINI、MG等、人気の高い自動車ブランドを生み出した。

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